第1回栗屋大賞
第1回栗屋大賞結果発表
■実行委員長あいさつ
2019年10月より開始しました栗屋大賞は、入賞した皆様に賞・副賞をお届けして第一回大会は無事に終わることができました。
本来ならば授賞式を行って受賞した方々と色々お話ししてみたかったのですが、時節柄断念せざるを得ず、とても残念に思っております。来年は無事に開催できるとよいのですが…。
今回開催してみて、参加者の皆様に非常にまじめに取り組んでいただき、本当にうれしく思っております。
また入賞した方々からも喜びの声をお寄せいただき、お礼のお手紙をいただいたり、非常に喜んでいただけたのも本当にうれしく、次回へのお力をいただきました。
栗屋大賞はこれからも継続して実施していく所存です。
今後のことが決まりましたらこちらのページにてお知らせいたします。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
栗屋大賞実行委員長 熊木 喜廣
■審査員のご紹介(五十音順)
小田喜 保彦氏(株式会社小田喜商店 代表取締役)
小田喜商店は茨城、岩間の栗加工専門店。テレビ番組「マツコの知らない世界」では伝説の栗加工職人として紹介されました。
清原 大氏(アイケイ食品株式会社 代表取締役)
業務用の中華ちまきを手掛ける老舗でおいしさに定評があります。中でも栗入りの中華ちまきは人気商品です。
平 晴彦氏(懐石辻留 店主)
「懐石 辻留」は裏千家の台所に端を発する茶懐石の名門です。店主の平 晴彦氏はおもてなしの心を持った日本を代表する料理人です。
七海 武雄氏(株式会社柳月 顧問)
「三方六」や「あんバターサンド」が大人気の柳月は北海道を代表するお菓子メーカーで、栗を扱った商品も多数手がけられています。七海 武雄氏は長く製造責任者として活躍されています。
二宮 育茂氏(株式会社サンフーズ 顧問)
サンフーズは栗の大手加工メーカー。むき栗、焼き栗、甘露煮などたくさんの種類を加工しています。二宮氏は栗部門のトップとして会社を引っ張ってきました。栗に関しての引き出しは多様です。
宮田 仁美氏(有限会社ティーガーデン 代表取締役)
全国のグルメギフト取扱い。食のプロとして、日本中の美味しいものをよくご存じです。栗も20年以上取り扱われています。
お取引の都合、お名前を公開できませんが、その他2名の栗の専門家の審査員の方にご協力いただいております。
≪栗屋大賞≫
「栗バーガー」水谷 早百合(三重県)
受賞者コメント
この度は、記念すべき第一回栗屋大賞に選出していただき誠にありがとうございます。審査員の方々にも素敵なコメントを、いただき最高に嬉しく思います。
第二回栗屋大賞に向けて、これからも簡単で楽しく、美味しい料理を作っていきたいと思います。本当にありがとうございました。
審査員コメント
栗バーガーは誰でも手軽にでき、栗そのものの香りとおいしさを端的に楽しめる作品と思います。(平氏)
バターの塩気が栗の甘さを引き立てていますね。かわいらしい見た目も〇。(K氏)
シンプルながら、ありそうでない栗とあんことバターの組み合わせがいいと思いました。間違いなく美味しいと思います。(栗屋大賞実行委員長)
≪レシピ部門賞≫
「マロンチーズケーキでメリークリスマス」
溝尾 智子(大阪府)
受賞者コメント
この度は「栗屋大賞レシピ部門賞」という、大変光栄な賞を頂きまして、嬉しく思っています。私はケーキづくりが趣味で、さまざまなケーキレシピを日々考案していますが、栗のなかでは和栗、特に日本の長い食文化のなかで生まれた渋皮煮は、何物にも勝る美味しさだと思っています。
特に自然栗本舗さまの『自然栗』は絶品です。これをふんだんに用い、さらに自然栗本舗さまの『マロンバター』も加えて組み立てたこのレシピは、どこのお店にも売っていない、とびきり贅沢で美味しいケーキになりました。
審査員コメント
ハード系のチーズケーキをベースに組み立てられていて栗との相性も良いと思われます。(七海氏)
栗をどうすればおいしく食べられるか、研究した様子が伝わりました。(K氏)
「自然栗」と「今宵のマロンバター」を手間をかけ、素敵なケーキに仕立てていただき、ありがとうございます。(栗屋大賞実行委員長)
≪写真部門賞≫
「栗まんじゅうと小さな手」 haru147(福島県)
受賞者コメント
こちらの写真はお気に入りの一枚だったので選んで頂き本当に光栄です。ありがとうございました。
審査員コメント
小さな手にも余りある大きな栗まんじゅう。
小さな口にほおばったときの笑顔まで想像できました。(宮田氏)
温かい気持ちになりました。秋らしい背景もいいですね。(栗屋大賞実行委員長)
≪イラスト部門賞≫
「くりまちMAP」 ずーち(岡山県)
受賞者コメント
この度、栗屋大賞イラスト部門賞に選んでいただき、ありがとうございます。
とても嬉しいです!今後、クリエイティブな仕事をしたいと思っているので今回とてもいい経験になりました。ありがとうございました。
審査員コメント
栗が身近に感じられる。かわいい。私の街(笠間市岩間地方)みたい。(小田喜氏)
栗好き人間 夢の国 とってもキュート!(清原氏)
「くりまちMAP」発想からいかに栗が好きかわかります。MAPの栗達の表情もかわいく、心がなごみます。(平氏)
≪エッセイ部門賞≫
(作品は上記リンクよりお読みいただけます)
受賞者コメント
この度は映えある賞を頂き、ありがとうございます。
こちらの募集を拝見した瞬間、亡き母の笑顔が瞼に浮かび、思い出をそのまま書いたものでした。
きっと母がいちばん喜んでくれているものと思います。
審査に携わってくださった皆様、本当にありがとうございました!
審査員コメント
栗が大嫌いだった人が 栗の魅力に気づく。そうなんです。鼻の奥で感じられる香りが栗の魅力。栗の魅力を伝えてくれてありがとうございます。 (小田喜氏)
お母様との会話を思い出しながら、いそいそとご自分でも栗ご飯を作っておられる姿が
目に浮かぶ、とてもみずみずしいエッセイでした。きっとその光景は次の世代に受け継がれていくことでしょう。(宮田氏)
栗屋大賞2019 レシピ部門入賞作品
栗屋大賞
作品1.「栗バーガー」 水谷 早百合(三重県)
■アピールポイント
見栄えも可愛く、羊羹とバターと栗の相性が最高です。
お好みのパンに挟むだけなので、誰でも可愛く、美味しく出来ます。
時間がある時はパンを手作りすると一層美味しくなります。
レシピ部門賞
作品2.「マロンチーズケーキでメリークリスマス」 溝尾 智子(大阪府)
■アピールポイント
自然栗をふんだんに食べれるように考案したクリスマスデコを施したベイクドケーキです。
オリジナリティとして、栗の美味しさを全面に押しだせるコーヒーリキュールをかくし味に用い、生地をマロンペーストとコーヒーリキュールを加えたものと、プレーンなままのチーズケーキ生地が上下二つの層となり、その対比が楽しめるようになっています。
ケーキの底には「今宵のマロンバター」で練ったボトム、さらにその上に刻んだ自然栗があり、異なる素材と触感もプラスされています。
何より贅沢なのはトッピングに用いたふんだんな自然栗。
そのままを食べるがゆえに品質の高い美味しい栗を使いたく、自然栗本舗さんの自然栗を使っています。
栗好きにはたまらないクリスマスケーキとなることでしょう。
作品3.「栗とクリームチーズの三角パイ」長尾 麻央(東京都)
■アピールポイント
つぶした栗と形を残した栗を加えることで、一度に2種類の違った栗の食感を楽しめます。
春巻きの皮で面倒なパイもお手軽に作れるようアレンジしました。
作品4.「栗と海老のグルテンフリー和風春グラタン」澤谷 郁子(北海道))
■アピールポイント
グルテンフリー、ノンバター、そしてオーブン不使用の簡単ヘルシーレシピです。
春を感じさせる菜の花もアクセントで入れてみました。
作品5.「栗のガレットブルトンヌ」松浦 伸子(千葉県)
■アピールポイント
栗屋大賞に応募するにあたって、なにかレシピ考えられないかなぁ、と思いちょっと考えてみました。
ホワイトチョコを餡などに変えても美味しいレシピです。
栗が好き過ぎて栗のネタはいくらでも考えられそうです。
作品6.「渋皮煮ときのこのクリームチーズ和え」恵実(滋賀県)
■アピールポイント
栗の渋皮煮の風味を活かして、ワインでも日本酒にも合う1品に仕上げました。クリームチーズはきのこの旨みがたっぷりの蒸し汁も加わって、味わいの深さが出ています。
きのこたっぷり食物繊維豊富で、ヘルシーな食事のサラダとしても十分な風格です。
コンロは使わず電子レンジのみで作れるのも魅力的です。
短時間の調理で豪華な一品です。
栗屋大賞2019 写真部門入賞作品
作品1.「ぱくりっ!」 大野 美咲(北海道)
写真部門賞
作品2.「栗まんじゅうと小さな手」 haru147(福島県)
作品3.「毬栗のしんじょ揚げと渋皮煮」 akichisa(東京都)
作品4. 「栗を芸術的に!」 河野 侑子(広島県)
作品5.「栗 MINI LOVE♡」 伊藤 弘美(東京都)
作品6.「栗ご飯」 川崎 玲子(神奈川県)
作品7.「息子のリクエスト 栗みたいなお菓子」依藤 亜弓(兵庫県)
栗屋大賞2019 イラスト部門入賞作品
作品1.「モンブランズ」 moko (静岡県)
作品2.
「トゲトゲの中にご褒美ごちそう見つけたよ『おばけのBoo日本へゆく』より」
Carldrawscomics (アメリカ)
作品3.「秋のできごと」 かわさき ようこ(大阪府)
イラスト部門賞
作品4. 「くりまちMAP」 ずーち(岡山県)
作品5.「栗ひろい」 新垣 玲実(沖縄県)
奨励賞
「くりおとくりこ」 かのん(神奈川県)
栗屋大賞2019 エッセイ部門入賞作品
作品1.「仇討ち?!」 杉江 正子 (新潟県)
母と妹と私、3人とも栗が大好きだ。女性が好むものとして「芋栗南京」という言葉があるくらいだから、母娘そろって栗好きが珍しくはないだろうが、私達の栗に対する思いは単なる「好き」とは少し違う気がする。
栗○○、マロン○○、という物に出会うと3人はピクリと反応する。まるで長年捜していた仇に会ったときのようにどうしてもそのまま見過ごすことができない。老舗和菓子店の高級なお菓子、外国ブランドの高価な物などはもちろん、大手菓子メーカーが秋に必ず出す「季節限定栗味」のクッキーや煎餅でも同じだ。堂々と「栗」と表示してあるからには「その挑戦、受けて立とう」とついつい買ってしまうのだ。
それはなぜか。ちゃんと理由がある。
小さい頃、茹で栗はうれしいおやつだった。茹で上がった大きな栗を母が半分に切ってくれて、それを小さなスプーンで食べるのだが、大人だってどんなに気をつけていてもボロボロこぼしてしまうものだ。そしてそのこぼれたカスの始末はなかなかやっかいだ。
知らずに踏んづけると畳の目に入り込んでしまうし、運悪く畳の縁に付こうものなら白くなって、いくら濡れ雑巾でこすってもスッキリと元通りにはならない。
これを恐れた母は、茹で栗を食べさせるときには必ず新聞紙を敷いた上に私達を座らせ、そこから出ないように監視していた。食べ終わってもすぐに自由にはしてくれず、服の上に落ちているであろう栗のカスをその新聞紙に落としてからでないとそこから出ることを許さなかった。
食べている最中も母の厳しい目は私達から離れず、「ほら、こぼれた」「動かないで」と容赦がない。新聞紙のガソゴソとした座り心地も不快で、ある時、幼い私はとうとう堪忍袋の緒が切れて叫んだのだ。
「こんなにおいしいものを食べているのにごちゃごちゃ言わないで!せっかくのおいしいもの、ゆっくり食べさせて!」
それ以来、「母の厳しい監視も小言もなしで、おまけに新聞紙の上で食べなくてもいい」栗のお菓子は、私の切実な願いを叶えてくれるものになったのだ。
カスをこぼすことなく一粒を丸々口に入れることができる天津甘栗、ケーキは必ずモンブラン、栗蒸し羊羹にマロングラッセ、時には母娘3人でゆっくり味わいながら、やっぱり子供の時の仇を取っているのかもしれないな、と思う。
作品2.「正月の戦い」 さゆまり (大阪府)
栗好きを自覚したのはいつの頃だったのだろうか?
今の私は「栗」という字を見るだけで心踊る。これは一種の栗中毒であると認識している。
「栗」の入った苗字でさえ、素敵で羨ましいと思ってしまう。
それはさて置き、その大好きな栗のなかでも不動のナンバーワンは、母の作った栗きんとんであった。
いまでこそ栗きんとんは身近な存在?となったが、私の小さな頃はおせち料理でしかお目にかかれなかった。
なので毎年お正月が来るのを楽しみにしていた。
母の作る栗きんとんはさつま芋餡と栗の割合が8:2くらいで、ほとんどがさつまこれ芋餡だ。
その餡の中から栗を見つけた時のなんとも言えない高揚感。
がしかし、私は4人兄弟で両親との6人家族。
そして厳格な父は、躾に厳しかった。
箸の持ち方が悪いと容赦なく手を弾かれまた、食事中机に肘をついた日には「食べるなー」となる。
なので好きなものばかり食べるわけにもいかず、栗きんとんに箸をつけ、栗が当たればいいがなかなか当たらず、兄弟に先を越されてしまう事もある。
それは正に戦いであった。
これを逃すと、一年後までお預けになってしまうのだから。
そんな私は20歳過ぎで親元を離れ、すぐに結婚し4人の子宝に恵まれた。
色々な事情があり里帰り出産はせず、お正月に帰省した事もなかった。
ただがむしゃらに働き、子育てに追われていた。
おせち料理は毎年作っていたが、主導権は私にあったので、栗きんとんとの戦いは無くなっていた。
好きなだけ「栗」を食べられたのだ。
そんな中状況が変化し、親元を離れから初めてお正月に帰省することになった。
4人の子供を連れて…
そして母の作ったおせち料理とお雑煮を、何気なく食べていた。
すると20年間忘れていたあの高揚感がふと蘇り、思いがけず泣きそうになった。
「あー。やはり母の作った栗きんとんが一番好きだな」と。
作品3.「さくら先生」 山本 さくら (福井県)
さくら先生。結婚してすぐ夫からそう呼ばれるようになった。「インフル注意報が発令されました。手洗いうがいは、さらに丁寧にしましょう。」「イチゴは果物でしょうか、野菜でしょうか。」どうやら、ひとこと一言が先生口調らしい。
先日、夫が日課にしているランニングに同行すると張り切って用意を始めた。年に数回こういう日がある。気まぐれに健康に目覚めるのも、さくら先生らしい一面である。
「急に走ると体に負担がかかるから、まずはウォーキングから。」と仕切り、歩き始めて5分。足全体が痒くなる。「急に血の巡りが良くなって、痒くなるんだって。日ごろの運動不足が原因らしいよ。」かれこれ100回は語った。「もうちょっと待ってね。思いっきり掻いたら痒いのを通り越せるから。」こちらは、さくら先生の経験則。痒さが落ち着いた後の皮膚は真っ赤なので、決して真似しないでほしい。
まだ一歩も走っていない夫に心の中で断りを入れ、存分に掻ける所を探し移動し始めた。歩きながら掻けることは、この道ン十年の成せる技と、さくら先生少々得意気である。大きなダンプが数台停まる駐車場が見つかった。ダンプの間に身を寄せようと足を速める。
すると、目の前に大きな毬栗がぼとぼとと落ちているではないか。一瞬にして痒さが収まる。夫を呼び、栗が入っているかどうかを確かめさせる。自分では調べようとはしない。大先生である。
「栗は、中身だけ拾います。」「小さいころ、パパと栗拾いに行ったことがあって、知っているんだ。」へえ~、と頷く夫。「でも、どうやって?」生徒歴18年、夫の質問には無駄がない。「いい質問ですね。靴で踏んで皮をむくように毬を取り除きます。どうぞ!」えっ、とためらう夫に、「まず、やる。」促すさくら先生。次の瞬間「痛っ!」という予想外の声が。「なんで?」靴の裏を見ると、栗の棘が何本も刺さっている。痛がる夫に背を向け、肩を震わせ笑う先生。悪魔先生である。どうやら靴底の一部が、通気性を良くするためメッシュになっていたらしい。「わざとじゃない、ごめん。」と先生、内心では詫びている。
棘を手で一本ずつ取り、シューズと靴下を脱いで足の裏を見てみる。先生は、手を貸さない。見守るのが先生だ。あぁ、ブツブツ赤い。「大丈夫、私の太ももより赤くない。帰ろう。」そう言って、家に向かって歩き始める。無事に夫を連れて帰らねばという使命感からか、帰りは痒さの「か」も感じず帰ることができた。手中に、つややかな栗を一粒握りしめて。
作品4.「チイキをつなげるケーキ。」 もつにこみ(東京都)
モンブランのおかげで、こんなに人を感じることになるなんて、意外だった。
僕は、栗好きで、ケーキ好き。つまり、モンブラン(以下、モン)が大好きだ。
モンが好き。好きなケーキはモン。モンの季節が来た。
モンモン言い続けていたら、妻が呆れて、友人に笑い話として披露してしまった。
すると、あろうことか、市内にあるケーキ屋さんのモンを集めて、
地域の方々と食べ比べよう!というイベントが開催されることになってしまった。
当日を迎えて、ひとりの参加者のつもりで向かうと、実は運営側として数えられていて、
慌ただしい準備ののち、必死にモンを4等分するという作業に没頭することになった。
企画の発案者でしょ、と言われれば反対はできないし、
なにより、このイベントを誰よりも楽しみにしていたという自覚もある。
集めたモンは、市内7店の力作たち。胃袋の都合から、切り分けて食べ比べることになっていた。
集まった方々は、まさに老若男女。
口を揃えて「モンが好きなんです」という参加者の皆さんは、お客様ではなく同志たち。
年齢関係なく、好きなものを分かち合えるのは、とても幸せなことだ。
それぞれの店のモンを並べると、意外にも、似ている外観のケーキはなかった。
ショートケーキには決まったスタイルがあるようだけど、モンは違っていた。
クリームの色、盛り付け方、栗が乗っているか、台は何か。お店の工夫や愛が、すべてのモンから感じられた。
メッセージもいただき、読み上げられるたびに、作り手の熱い想いが伝わってきた。
イベントの前半は、モンを4等分する作業に没頭していたけれど、
試食しているときの表情を見かけたり、コメントが聞こえるたびに、嬉しくなった。
「それぞれ違いはあるけれど、モンって美味しいケーキなんだ」と、
あらためて思いを馳せる時間を過ごせたことは、とても幸せだった。
イベントの帰り道、心地よい疲れを感じながら気がついたことがあった。
モンブランのおかげで、こんなに人を感じることになるなんて意外だった。
地域の皆さん、作り手のお店、企画してくれた妻と友人、さらには消費者としての僕。
イベントの趣旨として1位を決めた。
でも、どの店も食べた人を幸せにできる、また食べたいと思えるケーキだった。
「新たな魅力に気付いた。」
と言ってくださった参加者の嬉しそうな顔を思い出しながら、この話を書いた。
ありがとう、モンブラン。
大好きだよ、モンブラン。
エッセイ部門賞
作品5.「笑顔の香り」 竹外 眞由美(長崎県)
亡くなった母は、とても料理上手な人だった。
わたしは四人姉妹だが、姉妹それぞれに懐かしく憶い出す母の味がある。
一番上の姉は、遠足に持たせてくれていた海苔巻こそがそうだと言う。
二番目の姉は、お煮しめ料理の翌日、余った具材で作ってくれる混ぜごはんこそがそうだと言い切る。
三番目の姉は、運動会に持ってきてくれた御重を開いた瞬間手を出さずにはいられないほど、母の稲荷寿司が好きなのだと言う。
四番目のわたしにとっての母の味は、断然、栗ごはんだ。
子どもの頃のわたしは、そもそも栗が大嫌いだった。
栗を剥いていると時々出てくる虫が大嫌いで、その不幸な出会いを避けるため、いつしか栗そのものを食べなくなっていた。
そんなわたしに栗を食べさせるため、母は下ごしらえに時間を掛け、一目で虫がいないと分かるよう二つ割にしたもので栗ごはんを作ってくれていた。
栗(虫)嫌いなわたしが唯一、ウマウマと栗を口にすることが出来るのは、母が栗ごはんを作ってくれた時だけだった。
しかし、わたしが「栗ごはんを好き」だと言えるようになるには、もうひとつ越えなければならない難関があった。
白米に甘いものを合わせて食べることができなかったのだ。
栗ごはんを食べる時も、まず茶碗の中から栗をほじくり出し、おかずと一緒にごはんを食べきったあと、おもむろに栗をほおばるという順番だった。
そんなわたしを見て、ある時、母がこう言った。
「だまされたと思って栗とごはんを一緒に、ゆっくり噛んでごらん。ごはんの甘さと栗の甘さが合わさって、両方の香りが鼻の奥で感じられるから」
ほら、とでも言うように、茶碗をわたしに差し出した。
嫌いなことを強いられる時多くの子どもがそうするように、わたしも眉間に皺を寄せ、それこそ苦虫を噛み潰すような表情で、栗とごはんをそっと口に運んだ。
もぐ…もぐ…。
「…あ。」
「ね? 香りが分かるでしょう?」
母の言う通りだった。
新米の芳しい香りと、栗の何とも言えない甘い香り、その双方が鼻の奥でそれぞれに香ってきた。
「美味しい!」
「ふふっ、良かった」
母はにっこり笑って、自分の茶碗から栗を三粒ほど、わたしの茶碗に乗せてくれた。
大人になったいま、その母の栗ごはんを、自分で作る。
渋皮を剥いていると、家族六人分の栗を下ごしらえしていた当時の母の苦労がよく分かる。
そして土鍋に炊き上がった栗ごはんの最初の一口を食べた時、懐かしい、あの母の笑顔を思い出すのだ。